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横浜地方裁判所 昭和50年(行ウ)4号 判決

原告

松尾善明

被告

神奈川県知事

長洲一二

右指定代理人

寺田省三

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

「被告が昭和四九年九月二五日原告に対して別紙目録(一)(二)(三)記載の各土地につきなした不動産取得税賦課処分のうち、課税標準額金二四九万円を超過する部分の取消を求める。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決。

二、被告

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は昭和四九年七月九日、従前から訴外西郊豪瑞から賃借して借地権を有する別紙目録(一)(二)(三)記載の各土地(以下、本件各土地という)を同訴外人から買受け、その旨の所有権移転登記手続を経由したところ、被告は同年九月二五日、原告に対し、不動産取得税を賦課し、課税標準額を金四三八万七、〇〇〇円、税額を金一三万一、六〇〇円とする納税通知書を送達して賦課処分(以下、本件賦課処分という)をした。

2  原告は右賦課処分を不服として、同年一一月六日 被告に対して審査請求をしたが、被告は昭和五〇年一月九日、右審査請求を棄却する決定をし、右決定書はそのころ原告に送達された。

3  しかしながら、前記のとおり、本件各土地には原告のために借地権が設定されていたものであるから、原告が実質上買受けたのは、いわば「底地」というべきものであり、取引事例や経済的価格としての収益性ならびに造成原価等から算定した社会通念上、本件各土地の「底地」の経済的価値は金二四九万円にすぎず、したがつて、本件不動産取得税の課税標準は同額の金二四九万円たるべきである。

4  よつて、原告は被告に対し、本件賦課処分のうち課税標準額金二四九万円を超える部分の処分の取消を求める。〈以下―略〉

理由

一原告が昭和四九年七月九日、訴外西郊豪瑞から本件各土地を買受けて所有権を取得し、その旨所有権取得登記をしたところ、被告が、同年九月二五日、原告に対し、課税標準を金四三八万七、〇〇〇円とする本件不動産取得税賦課処分をしたこと、原告がこれを不服として同年一一月六日、被告に対して審査請求をしたが、被告は昭和五〇年一月九日、審査請求棄却の決定をし、そのころ原告に通知したことは、当事者間に争いがない。

二不動産取得税の課税標準について

1  法第七三条の一三第一項は、「不動産取得税の課税標準は、不動産を取得した時における不動産の価格とする」と規定し、法第七三条第五号によれば、右「価格」とは「適正な時価」とされている。

2  そこで、不動産取得税の課税標準とされる不動産の価格すなわち「適正な時価」の意義について検討する。

(一)  不動産取得税にいう不動産の取得とは、不動産所有権の取得をいうものであつて、従前からの借地権者が自ら当該不動産の所有権を取得した場合でも、対人的、債権法上の借地権は混同により消滅して、対世的、物権法上の完全な所有権を取得することになるのであつて、完全な所有権を取得するにおいて、はじめから借地権の附着していない完全な所有権を取得した場合と変わりなく、この取得された完全な所有権が不動産取得税の課税対象となる。この場合、その所有権は、課税上、借地権と底地所有権(部分的所有権)とに分解される理由はない。

借地権の取得に対して、現行不動産取得税上課税されないから、不動産取得税の課税標準となる「不動産の価格」を当該不動産上の地上権、借地権等の負担を考慮し控除して評価した価格とするにおいては、法が、不動産所有権取得時に存在していた当該不動産にかかる地上権、借地権等の権利が、その所有権取得以後に消滅した場合の不動産取得税の増徴等の措置を定めるなら格別、そうでないかぎり、これらの権利の設定された不動産の所有権を取得した者とそのような権利の設定されていない不動産の所有権取得者との間において、その負担する不動産取得税に関して著しく均衡を失し、租税平等負担の原則上許容できない結果を生ずることあるは見やすい道理であるにもかかわらず、前記措置について、法が何ら規定を設けていない趣旨に鑑みると、現行法の解釈としては、前記「不動産所有権の価格」すなわち不動産取得税の課税標準となる「不動産の価格」とは、地上権、借地権等の権利が設定されていても、そのような権利が設定されていないものとして評価した不動産所有権の価格であると解するのが相当である。

(二)  原告は、本件各土地取得にかかる不動産取得税の課税標準は、本件各土地に設定されている借地権の価格を控除した価格によるべきであるとし、その理由として、借地権の設定された土地の価格は「更地」の価格の二割ないし四割にすぎず、したがつて、原告が本件各土地を取得したことによつて得る経済的利益も右限度にとどまるから、「更地」価格たる固定資産課税台帳の登録価格によつて、本件各土地取得にかかる不動産取得税の課税標準を決することは実質課税の原則に反する旨主張するが、そもそも不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産所有権移転、取得の事実自体に着目して課せられるものであつて、不動産の取得者が当該不動産の取得によつて現実に得られる財産的価値や当該不動産の使用、収益、処分によつて得られるであろう現実の利益に着目して課せられるものではないから、法が不動産取得税の課税標準を定めるのに、右のような現実利益、例えば原告の主張するような「底地」を得たに過ぎないというようなことと無関係なものとしているのは、何ら実質課税の原則に反するものではない。

(三)  すなわち、不動産取得税における不動産の「適正な時価」とは、取引市場において成立する当該不動産自体の客観的な価格を意味するのであるが、現実の取引価格は、当該不動産上の地上権等の用益物権や損保権その他賃借権等債権の存否又は取引当事者間の主観的な事情の有無によつて左右されることがあるので、前記の客観的な価格に変動を及ぼす、このような権利や事情の存する場合は、これらを除いて考慮された価格をもつて、当該不動産にかかる不動産取得税の課税標準の基礎となる不動産の価格となすべきものである。

(四)(1)  しかして、不動産取得税の課税標準となるべき不動産の価格について、法は、さらに、不動産取得税の課税対象となる不動産は通常固定資産税の課税対象となることから、不動産評価の統一及び徴税事務の簡素化、合理化を図るため、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、当該登録価格により右課税標準となるべき価格を決定するものとし(法第七三条の二一第一項本文)、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産又は当該不動産について増改築・損壊・地目の変換その他特別の事情があるため当該固定資産の登録価格により難い不動産については、道府県知事が自治大臣の定める固定資産評価基準によつて当該不動産にかかる不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとしている(同条第二項)。そして、右登録価格は、市町村長(例外的に道府県知事、法第三八九条参照)が自治大臣の定めた固定資産評価基準によつて決定した価格であるとされるところ(法第四〇三条、第四一〇条、第四一一条)、昭和三八年自治省告示第一五八号固定資産評価基準第一章第一節の三は、地上権等が設定されている土地の評価について、「地上権、借地権等が設定されている土地についてはこれらの権利が設定されていない土地として評価するものとする」と定めているのであるから、固定資産課税台帳に固定資産の価格として登録される価格は、地上権、借地権等の権利が存しないものとして評価された固定資産の価格とされることとなる。

そして、以上(一)ないし(三)に述べたところにより、右課税標準決定の方法に違法の廉はない。

(2)  さすれば、土地に借地権等が設定されていることは、不動産取得税の課税標準にいう「固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格により難い特別の事情がある場合」に該当するということはできず、借地権等の設定されている土地にかかる不動産取得税の課税標準は、右登録価格によつて決定されるべく、これをもつて「適正な時価」ということは相当と解される。

三本件各土地取得にかかる不動産取得税の課税標準について

本件各土地の昭和四九年度の固定資産課税台帳の登録価格がそれぞれ被告主張のとおりであり、その合計額が合計金四三八万七、二九七円であることは、原告の明らかに争わないところである。また、法第七三条の二一第一項但書所定の「特別の事情」も認められないので、本件各土地取得にかかる原告の不動産取得税の課税標準は、金四三八万七、〇〇〇円(法第一一〇条の四の二第一項の規定により金一、〇〇〇円未満切捨て)となる。

よつて、原告が本件各土地所有権を取得したことに対して、原告の不動産取得税の課税標準を金四三八万七、〇〇〇円とした被告の本件賦課処分は適法であるから、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(立岡安正 中村盛雄 長門栄吉)

目録

(一) 横浜市西区藤棚町二丁目二二八番一〇

一 宅地 53.46平方メートル

(二) 同番一一

一 宅地 194.62平方メートル

(三) 横浜市西区久保町一三九番一〇

一 宅地 45.89平方メートル

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